宮崎移住したよブログ

宮崎に移住したよ。な日々を綴る日記です。

元上司の訃報に触れて

今日、前の職場の同僚から、数ヶ月前まで私の直属の上司だった人が亡くなったと聞かされました。

癌だったようです。

 

1番お世話になった方でした。

私の至らなさから、尻拭いしてもらったこともありました。

優しくて、頭が良くて、面白くて、博学で、時代に即した考え方ができる上司でした。

会社のなかで、1番優れた人だったかもしれません。

本人は出世など興味がなく、早く帰りたい人でしたが、そこも魅力的でした。

生前、車で外回りをしているとき、「俺は長くないからさー。」と冗談めかして言っていましたが、私を含め、誰もが本気にしていませんでした。

ただ、長年の痛飲がたたり、肝臓が悪いことは知っていました。

それでも、毎日明るかったから、元気なのだと思っていました。

 

わたしが勤めていたのは、地元の300人くらいの規模の、県内ではまあまあ名の知れた会社でした。

ただ、会社の規模とは裏腹に、内部は混乱していました。

内部統制が効いておらず、秩序がありませんでした。

そのため、引き継ぎや日常業務のルールはグチャグチャで、業務の質は担当者の力量によって大きく左右されてしまうような不安定さがありました。

また、ワンマン経営でもありましたので、役席者は役員の顔色を常に伺い、その方向を向いて仕事をしていました。

亡くなった元上司はできる人だったので、1年毎に色々な部署に飛ばされ、その部署の立て直しをさせられていました。

ワンポイントリリーフをずっとやらされていたようなものです。

 

私たちの部署に来たときも、前任者が壊していった売上げと事務の基盤を、再構築するために呼ばれていました。

そして見事に売上げを平年並みまで半年で戻しました。

 

 

会社の秩序が保持されていない場合、「馬鹿だけど声のデカい奴」が幅を利かすことが、往々にしてあります。

それが前の会社では、部署を統括するトップの人でした。

トンチンカンな指示が飛んでくるのは日常茶飯事で、自分では動かずすべて部下に段取りさせて、賞賛は自分が受ける。

また、売り上げ目標に対する進捗を毎日ネチネチ言い、中身のない打ち合わせを事あるごとにふっかけているのを、私たちは見ていました。

私もかなり精神的に追い詰められ、今も当時を思い出して苦しいことがあります。

中間管理職だった人は、さぞ辛かっただろうと容易に想像することができます。

きっと、心に負荷がかかって体が壊れてしまったのだろうな、と取り返しのつかない今、思っています。

  

これは自分のことになってしまいますが、会社を辞める決断をして本当によかった。

そこに留まることは、健康を害することに直結していたのだと、改めてそう思います。

元上司は、少なくとも去年の12月までは大丈夫だった。

こんなにも短期間で人の体は蝕まれて、死を迎えてしまうのかと、驚いています。

そして、悲しい。

遠くに引っ越しすぎて、葬儀には出られなかったけど、弔電を送らせてもらいました。

ほんと、すみません。

お世話になりました。